バドとバード、どっちがすごい?

 ある日、ハーレム145丁目の交差点で、お互いサックスを持ったソニー・ロリンズジャッキー・マクリーンがすれ違った。
 
「やあ、どこへ行くの?」ソニーが聞く。
「バドの家から帰るところだよ」マクリーンは答えた。
「そうか、オレはこれからバドの家へ行くところなんだ」と言ってソニーは続ける。
「ところで、聞きたいことがあるんだけど」 少し間をあける。
「バドとバード、どっちのほうがすごいと思う?」
「えっ」
 質問の内容に驚いたマクリーンは、考えるしぐさをする。
「バードなんだろ」ソニーが言うと、「そうだね」とマクリーンはうなづいた。
「でも、よーく考えて、聴いたほうがいいよ。それじゃ、またな」
 そうソニーに忠言されたマクリーンは、改めて考えてみると、バドもまた比べるもののない天才であることに気づかされたのである。
 バドに対するソニーの評価はもっと高かった。ライブの演奏でバードを挑発することもあったバドは、時としてバードと同等以上の存在だった。ソニーはそう感じていたのである。
 
 このエピソードは、当事者が取材で何度も語ったからか、書く側が広めたからか、いろんなところで目にする。
 会話の中に、「バドの新曲<Dance of the Infidels>聴いたか?」という言葉が出て来るので、1949年頃の話と思われる。そうなると、ソニー・ロリンズが19歳、ジャッキー・マクリーンが18歳。
 
 ソニーとマクリーンは近所の音楽仲間。十代の後半から、近所に住むバド・パウエルセロニアス・モンクなどと交流を持ち、彼らの家へ行って練習を見てもらっていた。教わるというより、一緒に演奏することで、注意点などのアドバイスを受けるやり方だったようだ。なんと、恵まれた十代であることよ。
 マクリーンはクラブ出演に付き添うなど、バドの付き人のようなこともやった。“バード”こと、チャーリー・パーカーがジャズクラブへ行くため地下鉄から上がってくるのを待つ時もある。まるでアイドルの出待ちのようではないか。パーカーが出てきたら、クラブまで一緒に歩きながら話をするのがうれしくてしようがなかったのだ。その時のパーカーは、教師か哲学者のようだったという。
 
 「バドとバード、どっちがすごい?」という言葉の原文は、「Who's the baddest, Bud or Bird?」 最上級なので、「ジャズ界のトップはどっち?」くらいのニュアンスもあるのかもしれない。十代の若きジャズ・ミュージシャンの卵が、こんな会話を交わしていた時代があったんだね。

 

若き日のロリンズ  from sonnyrollins.com