即興演奏(Improvisation)は、ジャズの最大の特徴であり、ジャズの深遠な魅力の秘密はそこにある。動詞のImproviseを辞書で引けば、即興でするの他に、間に合わせで作る、行き当たりばったりでやる、などの意味がある。簡単に言えば、準備をせず、その場で感じたまま思い付いたままに演奏することが即興演奏だ。
しかし、なぜ即興からジャズの名演が生まれるのだろう。そこが即興というものの不思議なところである。
即興性に優れる歌手の“レディ・デイ”ことビリー・ホリデイは、「I never sing a song the same way twice」(同じ曲を同じ歌い方で二度歌ったことがない)という言葉を残した。歴史に名を残すようなジャズ・ミュージシャンは誰もが同じだろう。
過去の名演を完コピしても全然面白くない。楽譜に書かれたアドリブ譜を演奏しても面白いものにならない。他人の演奏はもちろん、自分の過去の演奏をなぞってもつまらない。ある程度ジャズを聴いてくると、リスナーでもそういう感覚が身につくものだ。とはいえ、即興演奏でまったく新しいものをつくっているかといえば全然そういうものではなくて、何らかの素材を装飾したり、ストック・フレーズ(蓄積した言い回しや断片)や手癖を織り交ぜたりしながら、新鮮で個性的な音楽を生むように最善を尽くしているのだ。大仰に構えることはない。
要するに、大事なのは結果であり、その演奏がよければいい。そう言ってしまえばミもフタもないが、ジャズが好きな人々は即興から生まれる名演を聴くのが好きなのは間違いない。即興でしか生まれないフレッシュな感覚や深遠な魅力がそこにあるのは事実であり、それは何度聴いても何十年聴いても飽きることがないのである。