スタンダード・ソングの行方

 ジャズのスタンダード・ソングといえば、1920~50年代の映画やミュージカルから生まれた楽曲が多い。それとジャズメンが作曲した名曲を加えれば、スタンダード・ナンバーの大半を占める。
 1950年代の後半まで、アメリカのポピュラー音楽にはジャズ・ナンバーが多かった。ジャズ・シンガーの歌がヒット・チャートにランクインするのが普通の時代だった。当時、ヒット・チャートを席巻した、ビング・クロスビーフランク・シナトラナット・キング・コールなどの歌手、ベニー・グッドマングレン・ミラー、トミー・ドーシーなどのビッグ・バンドは、皆、ジャズですからね。少しオーバーな言い方をすれば、1950年代の後半までは、「ジャズ=ポピュラー音楽」の時代でもあったのだ。
 
 そういう状況は、ロックの時代になってから変わる。ジャズはヨコノリ(横ゆれ)ロックはタテノリだから、カバーしにくいのだ。それと、ロック以降は、シンガー・ソングライターの時代になったこともジャズ・スタンダードが減った要因といえる。ロックやシンガー・ソングライターは、自分が歌うために自分が作曲するので、そのアーティストの個性に合った楽曲ができる。ロック以前は、職業作曲家が不特定多数を想定して作曲することが多かった。ミュージカルや映画にしても、特定の歌手の個性に合わせて作曲されるような時代ではなかった。『ポーギーとベス』にしても、『サウンド・オブ・ミュージック』にしても、特定の歌手でなければ合わない楽曲ではないわけだ。
 タテノリ、特定のアーティストの個性に合わせた楽曲、これがジャズのスタンダード・ソングを少なくした要因だ。さらにいえば、ロックより、ソウルやファンク、ラテンのほうがジャズに編曲しやすい。ジャズと同じくアクセントが後ろにくるアフタービートであるし、また、シンコペーションのアクセントなどもジャズと親和性がある。
 スタンダード・ソングは生まれにくくなったかもしれないが、多彩な音楽ジャンルの優れた名曲がジャズとして演奏される傾向は、今も昔も変わっていない。また、1920~50年代のスタンダード・ソングと呼ばれる楽曲が、ジャズ・クラシックスとして演奏され続け、世界中で新しい解釈や名演が生まれる状況も、まったく変わっていないのである。

 

ジャズとポップスの歌唱スタイルを築いた

大スター、ビング・クロスビー by wikipedia