ジャズの即興演奏について、現代音楽の高名な作曲家シュトックハウゼンが、「ジャズの即興はクリシェに基づいている」と批判して物議をかもしたことがある。クリシェは常套句や使い古された決まり文句のことだ。この発言を見た時、痛いところを突くものだと思ったものだ。だが、何か取り違えがあるような気もした。
シュトックハウゼンは、おそらく、ジャズの即興演奏は即興でする作曲のことだと思っているのだろう。そういう説明をするジャズ・ミュージシャンがいることはいるし、即興演奏は部分的には作曲でもあるだろう。
しかし、ジャズのアドリブと作曲が違うものであることは、聴けば明白だ。何度も書き直しながら完成度の高いものを作り上げていく作曲とジャズの即興演奏が同じものであるはずがない。じっさい、ジャズの即興演奏には、ストック・フレーズや個性的な手癖がくり返し使われるし、音階練習のようなフレーズだってよく使われる。ストックした大量のフレーズを複雑に組み合わせながら即興が進められていくわけだが、その組み合わせや構築にも優れた才能やセンス、人並みはずれた音の記憶力、そして最も大事であるひらめきが必要とされる。
大事なことは方法ではなく、結果。同じ方法で即興演奏をしても、結果はピンからキリまである。不思議なことに、たとえば、スタン・ゲッツの即興演奏は何度聴いても飽きることがないし、同じような演奏をしているとも思えない。ゲッツらしいフレーズが出てくることはあっても、私の耳がよくないのかもしれないが、また同じ演奏をしていると思うことがない。同じテナー・サックス奏者でも、少し聴けばもう続きはいらないと思ってしまうこともあるし、聴いたことがあるような演奏をしているからつまらなく感じてしまうこともある。そういう演奏と出会うことも少なくない。
これは楽器が演奏できなくても、誰でもわかることなのだ。そこは面白いものです。長年、ジャズ・ファンを続けている人ほど瞬時に判断できるだろうが、でも経験や知識はあまり関係ないように思える。聴けば誰でもわかるところが、音楽の怖いところだ。