ブルーノートの伝説的なプロデューサー、アルフレッド・ライオンは大量の未発表録音を残したことでも知られる。その多くが発掘され未発表作品として陽の目をみてきた。そして、「なぜこの録音が未発表だったのか不思議」という内容のコメントを発売されるたびに目にする。
確かにブルーノートの未発表はクオリティが高く、これがお蔵入りになっていたとは信じられないものが多い。これは没アルバムなどではなく、最盛期を録り溜めしたものなのだ。そう考えていた人は多かったのではないだろうか。私自身がそうだ。
ところが、アルフレッド・ライオン夫人、ルース・ライオンのインタビューでブルーノートの未発表について考えが変わった。NAMMのインタビューだ。
「アルフレッドは1枚作るごとに4、5枚は破棄していました」とルースは語っている。「保管庫には未発表の音源が山ほどあった。アルフレッドはレコードに"ブルーノートにふさわしくない"(not good enough for Blue Note)と書いて処分していたのです」
4、5枚というのはオーバーな気もするが、このことから明らかになったのは、未発表録音はアルフレッドが没にした音源であることだ。
アルフレッドが引退後、ブルーノートの未発表が次々に世に出ることになり、彼を驚かす。その首謀者であるマイケル・カスクーナとチャーリー・ローリー宛てに手紙を書いた。「君たちにブルーノートの未発表レコードを出す権利がどこにあるんだ?」と訴えた。その手紙にカスクーナとチャーリーは小躍りしたという。
「ああ、これは"not good enough for Blue Note"でなじみのあるアルフレッドの手書き文字だって(笑)。アルフレッドは自分が制作した未発表を陽の光の下へ引っぱり出した彼らが、どういう人物なのか興味津々だったのです。二人はすぐにアルフレッドの所へ飛んで行き、両手を広げて迎えたアルフレッドと彼らは素晴らしい友人になりました」
アルフレッドが没にした音源が、世に出す作品として十分な価値があることを証明したカスクーナとチャーリー。その成功を誰よりも喜んだのはアルフレッドだったに違いない。ルースが語る、「彼はワーカホリックでした。レコーディング・セッションが午前2時、3時まで続き、少し眠って8時か9時には事務所に戻って仕事をする。決してペースを乱すことはありませんでした。本当に天才だったと思います」というアルフレッド像を実感させてくれる。
完璧主義者の天才プロデューサーが命を削りながら、厳選して世に送り出したのがブルーノートの名作群なのである。

スリー・サウンズの『ムーズ』。
ジャケット撮影のモデルが来なかったので、
ルース・ライオンが代役を務めた。





