誰よりも、大きな音

 どうして、こんなに大きな音が出るのだろう。ジョン・コルトレーンの演奏を聴いて、何度そう思ったことか知れない。その大きさを何かに例えるならば、陳腐なんだけど富士山のようなものなのだ。遠くから見れば、辺り一帯、平野のような視界の中、突如、巨大な山容が姿を現した時は、全身に冷ややかな感触が走るような感動をおぼえるものだ。

 コルトレーンサウンドも同じであった。その印象は、マイルス・デイヴィスクインテットに加入したデビュー当時から変わらない。なぜ、こんなに音が大きいのだろう、大きな音を出せるのだろう。その理由を知りたくて、調べてみた。本『John Coltrane: His Life and Music』にこんな記述を見つけた。

 

 " I was in the habit of using extremely hard reeds, number nine, because I wanted to have a big, solid sound. And while playing with Monk I tried using number four. I very soon realized that the number nine limited my possibilities and reduced my stamina:with the four I had a volubility that made me give up the nine! "

 

「私は、大きくしっかりとした音を出したかった。9番の非常に硬いリードを使う習慣があったが、モンクと一緒に演奏したとき、4番を使ってみた。それで、9番では可能性が制限され、スタミナが低下してしまうことに気づいたんだ。9番をあきらめさせるほど、4番なら雄弁な音を出すことができたよ」

 

 この他、コルトレーンが十代の頃から、Big Soundに憧憬を抱き、大きな音を自分のものとするために努力してきたことがわかる記述をいくつか探せた。

 コルトレーンと同郷で年齢も楽器も同じだったジミー・ヒースは、十代の頃のコルトレーンが大変な努力家だったと語っている。「コルトレーンは母親と二人暮らしで、エアコンのない長屋で汗だくになって、一日中練習していた。私の知る限り、あれほど練習する人はいなかった。リードを血で赤くしていた時もあったよ」

 それに加えて、自分の理想とする音を出すために、リードとマウスピースの組み合わせの追求に非常に熱心だった。アトランティックのエンジニアが、「ジョンはいつもレコーディングの一時間前に来た。リードとマウスピースをいくつも変えながら試して、一番しっくりくる組み合わせを探した」と語っている。専門家にマウスピースをサンディング(ヤスリで磨くこと)してもらったり、マウスピースにリードを固定するリガチャー(留め具)を何種類も試したりすることもあったそうだ。

 このようにして、精神とツールの両面から、コルトレーンは大きな音を出すための探求を生涯続けたのである。何よりも重要なのは精神面と思われる。大きな音、それは単に物理的な大きさのことでは、もちろんない。精神や内面の大きさ、それが音となって現れてくるのだ。「ブルー・トレイン」や「至上の愛」などの楽想や精神世界、推し測られる人間性の大きさを思えば、それは明かだろう。

 〝文は人なり〟と言うけれど、〝音もまた人なり〟なのである。

 

『Plays the Blues』のLP盤のジャケット。サックスがツヤやか