ラファロの「対位法的なジャズ」

 ビル・エヴァンススコット・ラファロ。この2人の共演は、史上最強の化学反応を起こした。最強という表現を慎重に選んだが、それでやはり間違いはない。彼らは他にも多くのミュージシャンと共演したが、エヴァンスとラファロの共演だけが、あまりにも、あまりにも特別なものとなり、途轍もなく優れた芸術を生み出したのだ。あれは一体、どういうことだったんだろう。
 
 エヴァンスもラファロも共通しているのは、お互い相手を唯一の存在と感じたことだ。ラファロは共演相手に合わせた演奏をした。エヴァンスが共演者の場合は、思い存分、自分の思い描く演奏に没頭することができた。この点がすごく重要である。ラファロはベースで管楽器やギターのように素速くメロディーを奏でることができた。それが彼の演奏の最大の特徴である。パーシー・ヒースが、「ベースでそんなに複雑な演奏をするのなら、なぜギターを弾かないんだ」と言ったくらいだ。
 もちろん、ただ超絶技巧を売りものにしたベース奏者ではない。では、ラファロのベースは、どうすごいのか。それを探っていたら、妹のHelene LaFaro-Fernandezが書いた『Jade Visions:The Life and Music of Scott LaFaro』に、こんな記述を見つけた。
 
「彼は"偉大なる低音耳(Great Bass Ear)"と呼ばれるものを持っていて、コードのどの音がベースラインを形成し、前方への動きを生み出すものなのかを感じ取っていました。(中略)ビル・エヴァンスと同時にメロディアスかつリズミカルに即興演奏することができ、ベース・パートがリズム、メロディー、ハーモニーといった音楽のすべての要素と相互作用するという、ジャズ・ベースの新しい概念を作り出した。ドラマーがリズムを提供し、驚異的で革新的な対位法的なジャズ(Contrapuntal Jazz)が誕生したのです」

 イサカ・カレッジのラファロのクラスメートで、ピアニストで大学教授になったフィル・クラインの言葉だ。
 
 この「対位法的なジャズ」という言葉で、僕はエヴァンスとラファロの演奏の間で起こっている現象をイメージできるようになった。対位法的な即興演奏で、ラファロはエヴァンスと対話や会話をおこなっているのだ。もちろん、エヴァンス・トリオは3人が対等に即興演奏する三位一体のジャズがコンセプトであり、ドラムのポール・モチアンも彼以外では考えられないメンバーであった。モチアンは、「(このトリオは)マジック。すべてがフィットし、音楽は美しかった。私達は、"ワン・ボイス"だった」と語っている。
 他の人がこのようなコンセプトで演奏したとしても、エヴァンス・トリオのような成功を収めるとはとても思えない。エヴァンスとラファロの組み合わせでないと生まれなかったジャズだ。ラファロは超絶技巧を身に付けていたばかりか、お互いが刺激を与え合いながら対話し、美しく創造性溢れる即興演奏をすることができたのである。

 エヴァンスはマイルス・バンドを脱退後、すぐにピアノ・トリオを結成するためにベイジン・ストリート・イーストで何人ものベースとドラムを試すことにする。モチアンとは以前から交流があり、そこに近所でギグをやっていて、エヴァンスに興味を持っていたラファロが加わった時、伝説が始まった。それが1959年11月後半のことだ。スコットがモンクのタウンホール・コンサート(11月28日)を終えてから、ビル・エヴァンス・トリオは正式にスタートした。グリニッジ・ヴィレッジのショープレイスで約1ヵ月演奏し、12月28日に『ポートレイト・イン・ジャズ』を録音する。それから、スコットが世を去るまでの約19ヶ月の間に、『エクスプロレイションズ』『ワルツ・フォー・デビー』『サンデイ・アット・ザ・ヴィレッジ・ヴァンガード』を録音した。その4枚のアルバムで、ビル・エヴァンス・トリオはピアノ・トリオ史上最も高くそびえる山頂へ到達した。

 

スコット・ラファロ

photo courtesy of Helene LaFaro-Hernández